2004年06月26日

大塚英志「「おたく」の精神史 1980年代論」


80年代、私はまだ生まれたて。


我々世代以降ってのは、80年代をイマイチ知らない分、そこに未来を見てしまう傾向がある気がします。中・高校生の時の感覚ってのが、自分もいわゆる新人類の文脈上にあったらオモロイのにとか思ってたりしてて。アフォだったからさ。今もアフォだし。

高校生の時、絵の先生(当時30代)に、
「80年代がリアルタイムだったって、いいなー」 って言ったら
「そんないいもんじゃなかったよ。」 って。

大塚英志「「おたく」の精神史 1980年代論」を読んだ。
「おたく」という言葉は83年に中森明夫が発見。
この83年の出来事といえば
・東京ディズニーランド開園 ・ファミコン発売 ・大友克洋「童夢」
・浅田彰「構造と力」 ・中沢新一「チベットのモーツァルト」
・YMO散開 ・「オールナイトフジ」 ・西武百貨店「おいしい生活」 等等。
この事象の一つとして「おたく」の発見があったとされている。

80年代論なのだから、もっとバブルな煌びやかさについてのアレヤコレへの言及があってもいいはずなんだけど、そうではなくて、あくまでもアイドル、まんが、雑誌、プロレス、つまりは「おたく」現象が付随するジャンルへの遡行に限定して80年代をこれほど浮き彫りにしている。
80年代に生まれた私にとっての80年代は、その継承物や継承者や産物や痕跡や残骸と、微かな自らの記憶を拾い集めて想像するしかない時代だ。だからこの本を読んで、ここまで80年代の輪郭をくっきりとさせられる体験者に対する憧れもあるし、反対に、ぼんやりとしか描けない80年代生まれは最高だなーとも思う。私たちの世代、80年代を子どもで体験して、少子化で、中学生で移動端末持ってて、同級生がモ娘。オーディション受けてて、高校生で2ちゃんねるで、こっちのほうが楽しいよ、って対抗意識もってもしょうがないけどそんな感じ。

少女まんがを70年代から時系列で検証していって、岡崎京子がひらいた領域はその萩尾都望、大島弓子ら24年組から岩館真理子と続く「性的身体を抱えた女の子の内面」を描く正統な継承者であるけれど、まんが界での本流は「内面」の崩壊へと行き着いた。まんがにせよ、アイドルせよ、結局80年代の「記号」のやり取り、主体の喪失、シュミレーショニズム、何者でもない新人類…それだけじゃないけれどそういう空気を眺めていて、そこから発せられた言葉が
「そんないいもんじゃなかったよ。」なのかな。



昨日、見た目がバブルなパーティー@六本木ヒルズへ行ったので、なんだか80年代ポイなとか思いましたが、テーブルにうまい棒が載ってたあたりが2004でした。来てた人の半分は東大。強引に絡んだら引かれまくった。最下層民としては結局おとなしくするしかなかったです


posted by ちゆ at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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